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長野地方裁判所 昭和40年(行ウ)15号 判決 1968年3月26日

原告(選定当事者) 阿野博夫

被告 坂城町農業委員会

主文

本件訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、請求の趣旨

一、被告が、昭和二八年二月二三日付でした、別紙物件目録記載の土地につき、耕作権設定者を阿野道生ほか五名、耕作権者を古谷善吉とする耕作権移転許可処分は、これを取消す。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

第二、請求の原因

(本件土地の所有関係)

一、別紙物件目録記載の土地(以下本件土地という)は、もと阿野は奈の所有であつたが、同人は昭和二一年三月一九日死亡し、その子である原告および選定者四名(以下単に原告らという)と訴外阿野道生、同桂子の六名が、遺産相続により各自六分の一の持分を取得し、次いで、右桂子は昭和二九年一一月九日死亡し、その父阿野弘が相続により右桂子の持分を取得し、結局本件土地は、後記本件処分のあつた当時、これら六名の共有地であつた。

(本件土地の耕作関係)

二、本件土地は、右は奈が死亡するまでは同人がこれを耕作し、昭和二八年ごろからは訴外古谷善吉が耕作するところとなつた。

(本件処分および不服申立関係)

三、被告は、訴外阿野道生、阿野弘、並びに原告らおよび訴外古谷善吉の申請に基づき、農地法第三条第一項により請求の趣旨記載の許可処分をした。(以下右許可処分を本件処分という。)

長野県知事は、昭和四〇年五月二一日、原告らの同年二月八日付同県知事に対する本件処分の審査請求につき、不服申立期間が経過しているとの理由で却下の裁決をした。もつとも、原告は右の審査請求より約四ケ月前である昭和三九年一〇月一五日被告宛に審査請求書を提出したところ、被告が誤つてこれを審査庁たる長野県知事に送付しなかつたため、原告は同県知事に重ねて前記のとおり審査請求をしたものであるから、原告の審査請求は行政事件不服審査法(以下審査法という。)第一七条第三項により被告に審査請求書を提出した前記昭和三九年一〇月一五日に審査請求があつたものとみなされるべきである。

(本件処分の瑕疵)

四、しかして、本件処分には、これを取消すべき次のような瑕疵がある。

(一)  農地法第三条第一項によれば、農業委員会のなしうる許可処分は、特に限定列挙されているのであるから、被告は本件許可処分につきそのいずれの許可であるかを明確にすべきであるにも拘らず、本件処分においては、ただ漠然と、「耕作権」というような非法律的且つ不明確な用語を用いてなされていることは、それ自体違法である。また、本件処分が、仮に被告主張のとおり賃借権に関する許可処分であるとしても、本件土地の所有および耕作の関係は、前記一、二のとおりであつて、原告らはもとより、阿野道生も賃借権を有していたものではないから、本件土地に賃借権を「設定」するならともかく、賃借権を他に「移転」するということはありえない。被告が古谷善吉に賃借権を「移転」することの許可処分をしたことは、この意味において瑕疵がある。

(二)  次に、本件処分が、被告主張のとおり、賃借権設定の許可処分であるとしても、その賃借権なるものは、訴外阿野道生が、原告らに無断で古谷善吉との間に締結したものであるから、私法上明らかに無効であつて、古谷は本件土地を耕作する何らの権原がないものである。

また、右許可処分の申請自体も、阿野道生が、原告らに無断でしたものであつて、原告らは右申請に同意した事実はなく、たとえその申請書に原告らの同意書ないし委任状が添えられていたとしても、それらが偽造であることは明らかであり、右申請は到底原告らの意思に基づいてなされたものとはいえない。

被告は、このように権限のない者の申請に基づき、且つ私法上本件土地を耕作しうる何らの権原がない者に対し、これらの事実を看過して違法に賃借権設定の許可処分をしたものである。

よつて右処分は取消されるべく原告は被告に対し、その取消を求める。

第三、本案前の抗弁

(申立)

本件訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

(理由)

一、請求の原因第三項の事実は認めるが、農地法第八五条の二によれば、右処分に不服ある者は、取消しの訴を提起するに先だち、まず関係行政庁に対し、不服申立をすべきであるところ、原告は、右処分があつた日の翌日から起算して一年を経過しても適法な不服申立をしなかつたものである。

二、仮に、原告主張のとおり、原告らが昭和三九年二月一二日以後に至つて初めて本件処分を知りえたものであるとしても、原告の長野県知事に対する右処分の審査請求は、審査法第一四条第一項所定の期間を経過した後である昭和三九年一〇月一五日にしたものである。

三、また、本訴は、右審査請求に対する却下の裁決書が原告に送達された昭和四〇年五月二四日より行政事件訴訟法第一四条第一項所定の期間を経過した後に提起されたものである。

四、なお、後掲第四記載の原告の反論中、(1)、被告委員会農政課長春日胤利が、原告主張のような説示をした事実は否認する。(2)、被告が原告に対し、原告主張のとおりの回答をした事実は認めるが、右回答の趣旨は、審査法施行前になされた行政庁の処分についても同法付則第三項により、同法が適用される旨を明らかにしたものであつて、同法にいわゆる教示ではない。

第四、本案前の抗弁に対する原告の反論

(正当事由―被告の主張一に対して)

一、本件処分は、請求原因第三項に主張するとおり、原告らの不知の間に、阿野道生と古谷善吉の申請に基づき、右両名に対してなされたもので、原告らに対してなされたものではないから、原告らはその処分の当時右処分の存在を知る由もなかつたのである。そしてこのような事情で原告らが右処分を知ることができず、それがために不服申立ができなかつたのは、審査法第一四条第三項但書にいう正当な理由がある場合に該当するものである。

(やむを得ない事由―被告の主張二に対して)

二、原告らが本件処分を知つたのは、後述のとおり昭和三九年二月一二日以降であるところ、その日の翌日から六〇日以内にこれに対する不服申立をすることができなかつた。しかし、これには以下の事情がある。

原告は、原告と古谷善吉との間の本件土地の持分権確認等請求事件(屋代簡裁昭和三八年(ハ)第七号)における昭和三九年二月一二日の口頭弁論期日において、相手方代理人から書証として提出された本件処分のあつたことを証明する旨の文書により初めて本件処分のあつたことを知つたものであり、選定者がこれを知つたのは更にその後間もなくしてからである。そこで原告は、同年三月一四日、被告に対し、農業委員会等に関する法律第三三条に基づいて本件処分の取消を求め、更に被告委員会に赴き、右処分の取消を重ねて請求したのであるが、その際同委員会農政課長春日胤利は、原告に対し、当時係属中の前記訴訟の判決があつたときは、その謄本を提出すれば農業委員会にはかつて善処する旨を説示したので、原告は、同年一〇月五日送達をうけた右訴訟の勝訴判決正本を添えて同年一〇月一五日被告に対し本件処分を取消すべき旨の不服申立をするまで六〇日を経過してしまつたものである。

(行政庁の教示―被告の主張一、二に対して)

三、被告は、右の不服申立に関する原告の通知に対する回答の中で原告に対し昭和四〇年二月一〇日ごろまでに長野県知事宛に審査請求をすることができる旨を教示した。即ち、被告は法定の期間より長い期間を審査請求期間として教示したので、原告は右教示に基づき、その期間内である同年二月八日長野県知事に対し、審査請求をしたものであるから右審査請求は審査法第一九条により適法なものである。

(被告の主張三に対して)

四、次に、長野県知事の前記審査請求を却下する旨の裁決書は同年五月二四日原告居住アパートの管理人神林ふく方へ配送されたが、これを受領した神林与志子は精神分裂病者であつて、右ふくが、たまたまこれを発見し、原告へ交付したのは同年六月二二日のことである。従つて右裁決書は、右同日原告へ適法に送達されたものというべきである。仮に右管理人に配達されたことが、原告への送達といえるものであるとしても、原告が右裁決を知つたのは、前記のとおり右ふくより裁決書の交付を受けた右六月二二日である。

従つて、その日の翌日より三ケ月以内である同年九月三日に提起された本訴は違法である。

第五、本案に対する答弁および主張

(申立)

一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

(請求の原因に対する認否)

一、請求の原因第一項ないし第三項の事実は認める。(但し、第三項中本件処分は、耕作権移転許可なる表示のもとになされたが、その実体は阿野道生、阿野弘および原告ら六名を賃貸人、古谷善吉を賃借人とする賃借権設定の許可処分である。)

二、同第四項中、訴外阿野道生が、本件土地につき原告らに無断で古谷善吉との間に賃貸借契約を結んだこと、並びに阿野道生が原告らに無断で古谷善吉と共に被告に対し、本件処分を申請したとの事実は否認する。

(本件処分の適法理由)

一、本件処分は、前記のとおり賃借権設定の許可処分であるが、これを「耕作権移転」と表示してなしたとしてもこれをもつて右処分が取消を免れない程の瑕疵あるものとはいえない。

二、次に、訴外古谷善吉は昭和二七年一二月ごろ阿野道生、同弘から本件土地を耕作するよう懇請されたので、他の共有者である原告らの同意があり且つ農業委員会の許可あることを条件に耕作することを承認した。そこで阿野道生は、この趣旨に従い、原告らおよび右弘らの連署にかかる同意書を得て、古谷善吉と共に被告委員会に出頭し、本件処分の申請をしたものである。

そこで、被告委員会は、前記のとおり、阿野道生・同弘および原告らを賃貸人、古谷善吉を賃借人とする共同連記の賃借権設定の許可申請書並びに当日出頭の阿野道生、古谷善吉を除く原告らの他の共有者の同意書がいずれも適式であると認め、昭和二八年二月二三日農業委員会会議の議を経て本件処分をしたものである。

このように本件処分は適法になされたものであつて、取消されるべき瑕疵がない。

第六、証拠関係<省略>

理由

一、被告が阿野道生、阿野弘、原告らおよび古谷善吉の申請にもとづき、昭和二八年二月二三日付で本件土地につき耕作権設定者を阿野道生、阿野弘および原告ら、耕作権者を古谷善吉とする耕作権移転の許可処分をしたことは当事者間に争いがない。

ところで、本件処分の取消しを求める本訴は、農地法第八五条の二、審査法第五条により、本件処分についての審査請求に対する裁決を経た後でなければ提起することができないのであるが、右審査請求は、審査請求期間に関する審査法第一四条第一項および第三項所定の要件を具備した適法なものでなければならないことはいうまでもないところ、同条第三項は行政上の法律関係の安定をはかる趣旨から設けられた規定であるから、処分があつたことを知ると否とにかかわらず、また、同条第一項の処分があつたことを知つた日の翌日から起算して六〇日以内であつても、処分のあつた日の翌日から起算して一年を経過している場合には、正当な事由がない限りもはや審査請求は不適法とされるものといわざるをえないのである。

二、本件においてこれをみるに、長野県知事は、昭和四〇年五月二一日、原告らの同年二月八日付同県知事に対する本件処分の審査請求につき、不服申立期間が経過しているとの理由で却下の裁決をしたこと、原告が、右審査請求より約四ケ月前である昭和三九年一〇月一五日被告宛に審査請求書を提出した日をもつて、本件処分につき審査請求があつたものとみなされることは、当事者間に争いがないのであるが、原告は右につき、本件処分の申請は原告ら不知の間になされたものであつて、その処分は原告らに対して告知されなかつたから、審査法第一四条第三項所定の期間内に審査請求をなしうべくもなかつたのであり、このことは同条項ただし書にいわゆる正当な事由がある場合にあたると主張するので、この点について考える。

証人鈴木友治郎、同阿野道生、同春日胤利の各証言および原告本人尋問の結果によれば本件処分の申請は、阿野道生が本件土地の共有者である原告らおよび阿野道生、阿野弘の名義を用いてしたものであるが、本件土地は原告らの生家から約二、三百メートルの距離のところにあり、前主阿野は奈死亡後は、原告らの父弘およびその長男阿野道生が前記原告らの生家に居住して自ら耕作し又人をして耕作せしめて直接間接にこれを管理してきたのに対し、原告および選定者阿野勇生は、昭和二二年ごろ以降今日に至るまで引続き東京に在住し、また選定者押兼ひろ江、同山極美和子は、それぞれ他へ嫁いで、本件土地の持分権を取得した後今日に至るまで誰一人として本件土地を耕作するなどしてこれを管理した事実がなかつたこと、その後、本件土地につき長野県納税助成金庫のために設定されていた抵当権が実行されようとしたことから、競売の実行を妨げるために、右弘および道生が相謀つて古谷善吉に本件土地を耕作させることとしたが、右古谷から農地法による正規の手続を経た上で耕作したいとの要望があつて本件処分の申請をしたうえで、前記のとおり本件処分のあつた昭和二八年ごろから右古谷が引続き耕作してきたこと、この間選定者押兼ひろ江は本件土地付近に居住し、また原告およびその他の選定者らもしばしばその生家に帰省するなどして本件土地が久しく右古谷によつて耕作されている事実を了知していたが、原告らはいずれもこの点については右弘又は道生に対し何らの異議をもとどめなかつたこと、以上の事実が認められこれに反する証拠はない。

これらの事実を総合すれば、原告らは、本件土地の管理を右弘および道生に委託していたと推認され、したがつて道生が原告らの名義を用いてした申請にもとづきなされた本件処分が原告らに告知されなかつたとはいえないのであるが、その点は暫く措くとしても、原告らがいずれも本件土地の使用状況を知りながら各自その持分の管理に関し一一年余りの長きに亘つて何らの措置をも構ぜずこれを放置して顧みなかつたと認むべき叙上認定のような事情のもとにおいては、他に特段の事情がない限り原告らが本件処分後一年を経過してもなお前記審査請求をなしえなかつたことについて正当な事由があるとは認められない。

三、次に原告は、被告が昭和四〇年一月二六日原告に対し同年二月一〇日ごろまでに審査請求できる旨教示したから、原告がこれに基づきその期間内になされた審査請求は、審査法第一九条により適法である旨主張し、成立に争いのない甲第一号証によれば、被告が原告に対し、昭和四〇年一月二六日ごろ、「一一月二〇日付で回答の審査請求の件につき、その後検討の結果請求できることとなつたので、二月一〇日ごろまでに県知事宛正副二部作成して直接または農業委員会を経由して再提出して下さい。」との記載ある書面を送付したことが認められるが、審査法第一九条は、もともと審査請求しようとする者は、原則として法定の期間内にこれをしなければならないが、処分庁が誤つて法定の期間よりも長い期間を審査請求期間として教示した場合には、法定の期間にかかわらず教示された期間であれば不服申立ができるものと考えるのが自然であるから、その期間内になされた限りその者に不測の不利益を負わさないために法定の期間内になされたと同一の取扱いをする趣旨に出たものにすぎず、行政庁に対し、既に法定の不服申立期間を経過したことにより不服申立権を失つている者にまでその申立権を付与する権限を一般的に与えるまでの趣旨を有するものでないと解すべきであるばかりでなく、旧訴願法における宥恕の制度が審査法において採用されていないことに徴しても同条にいわゆる教示は、処分と同時にまたは遅くとも法定の期間内になされた場合に限つて所定の効果を認めるべきであつて、法定の期間経過後になされた場合には、もはや同条所定の効果を認めるに由ないものといわなければならない。

従つて、本件においては、原告が既に正当の理由なくして審査法第一四条第三項の期間を著しく経過していること前認定のとおりであるから、右の教示に基づいてした審査請求が適法になるいわれはない。

四、そうであれば、本件審査請求は、審査法第一四条第三項所定の期間を経過した不適法なものであることが明らかであるから、原処分たる本件処分の取消を請求するものである限り、本訴は適法な審査請求を経ないで提起された不適法な訴として却下を免れない。よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 西山俊彦 落合威 清野寛甫)

(別紙物件目録省略)

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